芸能一本道

ジャニーズ、アイドル、グラビアから、はたまた女子アナまで、管理人の趣味の下に幅広く取り扱っております('ω')

    カテゴリ:女優 > 広末涼子


    広末 涼子(ひろすえ りょうこ、1980年7月18日 - )は、日本の女優。かつては歌手としても活動していた。本名、廣末 涼子(読み同じ)。夫はキャンドルアーティストのCandle JUNE。妹が一人いる。元衆議院議員の三村和也は母方の従兄。 高知県高知市出身。フラーム所属。1990年代後半に「ヒ
    48キロバイト (6,141 語) - 2019年7月2日 (火) 14:26



    (出典 img01.militaryblog.jp)


    あの少女だったヒロスエも38歳になるのか…・ω・

    1 湛然 ★

    広末涼子38歳「賢くてエッチな女性」に近づけた
    [2019年7月2日19時26分]日刊スポーツ
    https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201907020000675.html

    「放送文化基金賞」の授賞式に出席した左から広瀬涼子、桃井かおり、浜田岳(撮影・中野由喜)

    (出典 www.nikkansports.com)



    女優広末涼子(38)が優れたテレビ、ラジオ番組や個人、グループに贈られる「放送文化基金賞」の番組部門の演技賞を受賞し、2日、都内の授賞式に出席した。広末は昨年6月放送のニッポン放送のラジオドラマ「ストリッパー物語」でヒモとのストリッパーのいちずな愛を声で演じた。

    広末は、10代の時、同様に同賞を受賞した桃井かおりからもらったバースデーカードに書いてあったメッセージを思い出したと紹介。「賢くてエッチな女性になってね」という言葉。広末は「賢いとエッチが共存する女性像がイメージできず、意味が分からなかったことを覚えています」と紹介。その上で、「私にはハードルが高い作品。映像化なら私はキャスティングされなかったと思われるセクシュアルな部分も必要とされる作品で受賞し、かおりさんの言葉に少しだけ近づけたのかなと思ってうれしい」とあいさつした。

    同賞は他に桃井が3月放送のNHKのドキュメンタリードラマ「NHKスペシャル 詐欺の子」で、浜田岳も今年1月期のテレビ東京系ドラマ「フルーツ宅配便」で受賞した。

    (おわり)


    (出典 userdisk.webry.biglobe.ne.jp)


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    広末 涼子(ひろすえ りょうこ、1980年7月18日 - )は、日本の女優。かつては歌手としても活動していた。本名、廣末 涼子(読み同じ)。夫はキャンドルアーティストのCandle JUNE。妹が一人いる。元衆議院議員の三村和也は母方の従兄。 高知県高知市出身。フラーム所属。1990年代後半に「ヒ
    46キロバイト (5,849 語) - 2019年1月16日 (水) 05:41



    (出典 img.dmenumedia.jp)


    マジで恋する五秒前とかめちゃ輝いてたよな・ω・

    1 ばーど ★ :2019/01/19(土) 10:17:57.83

     デビュー当時「ポケベルの子」と言われた広末涼子さんは、まさに平成を象徴する存在です。そんな広末さんですが、地元では「女優になるなら広末は吉本」と言われていたそうです。あのドコモCMについては「謎というか、不思議でしょうがなかった」。広末さんに、デビュー当時の思い出を聞きました。(朝日新聞高知総局記者・加藤秀彬)

    ■「あのCMで名前と顔を知ってもらった」

     ――1996年、「広末涼子、ポケベル始める」と流れたNTTドコモのCMで、高知県出身の少女がその名を全国にとどろかせました。

     「あのCMで名前と顔を知ってもらったのは間違いない。本当に感謝しかないです。どうしてあんな名前も知られていない、ただの高校1年生の女の子の名前が大きく新聞の広告に出たのか」

     「あのコピーはすごくセンセーショナル。このだれも知らない単語を世の中に出すっていうのは私も謎というか、不思議でしょうがなかったです。それでポケベルの子と言われたり、名前で呼ばれたりということがきっかけだったので、すごく運命を感じています」
    .
    ■「10代のころは田舎の中学生だから」

     ――バブル崩壊後の1994年に「クレアラシル」のCMでデビュー。その後、阪神淡路大震災やオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きました。そんな中、広末には「清純派」「元気」なイメージがついてまわります。

     「デビュー直後は、『似ていると言われます』『近くにいそう』とよく言われました。そういう部分ではもしかたら、特別なザ・女優やアイドルではない親近感が受け入れられたのかもしれません。今の女優や若手の女の子を見ていると、やっぱり洗練されています」

     「それなのに、私の10代のころは田舎の中学生だから、よくこれで大丈夫だったなと思いますね。自然体でいた結果が、優等生、清楚(せいそ)、という印象になったと思います」
    .
    ■「それなりに良い子だったのかも」

     ――中学校では陸上部に所属し、走り高跳びの選手でした。

     「私はずっとスポーツしかやっていませんでした。ずっと男の子に間違えられていて、『女優になるなら広末は吉本』と言われるようなキャラクターでした」

     「知らない第三者の方や大人に接すると、最低限の礼儀とか気遣いは気をつけていました。そういう意味では、清純派だったのかもしれないし。それなりに良い子だったのかも。けど、そこまで良い子なつもりもなかったので、違和感を感じていたのかもしれません」

     「清純派と言われることが嫌だとか、反発するような気持ちはなかったです」

    ■「迷った時期はありませんでした」

     ――小学生時代から、テレビの向こうの世界にあこがれていたそうですね。

     「女優さんには物心がついたときからなりたいと思っていました。みなさんが花屋さん、ケーキ屋さんになりたいと言っているときから女優さんになるのが夢で、不思議と迷いはありませんでした」

     「歌番組などのテレビが大好きで、高知では民放が二つしかなかったので、東京の親戚に番組のビデオテープを送ってもらっていました。小学生の時は、女優では浅野ゆう子さん、浅野温子さん、宮沢りえさん、後藤久美子さん。歌手は中山美穂さん、小泉今日子さん、みなさんのすごくきらきらした姿をブラウン管を通して見ていました。『20年後の私』という作文では、女優さんになっている設定で文章を書いていました」

     「周りがそれをどう思っていたかはわかりません。中学2年生で初めてオーディションを受けたときも、芸能界に入ってからも、これほどとんとん拍子にここまで実現するとは、両親ですら思っていなかったと思います。友達は応援も批判もなく、夢の世界だと思っていたと思います。迷ったりちゅうちょしたりという時期はありませんでした」
    .
    ■「夢に思い描いた通りでした」

    ※省略
         ◇

    広末涼子(ひろすえ・りょうこ)1980年、高知市生まれ。94年、クレアラシルのCMでデビュー。97年、「MajiでKoiする5秒前」で歌手デビュー。「鉄道員」「おくりびと」「ゼロの焦点」など数々の映画やドラマに出演した。

    【動画】広末涼子 - ドコモポケベル初CM[1996]

    (出典 Youtube)


    1/19(土) 7:06
    withnews
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190118-00000001-withnews-ent&p=1


    (出典 yo-mu-wa-inko.com)


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    広末 涼子(ひろすえ りょうこ、1980年7月18日 - )は、日本の女優。かつては歌手としても活動していた。本名、廣末 涼子(読み同じ)。夫はキャンドルアーティストのCandle JUNE。妹が一人いる。元衆議院議員の三村和也は母方の従兄。 高知県高知市出身。フラーム所属。1990年代後半に「ヒ
    45キロバイト (5,765 語) - 2018年8月7日 (火) 02:26



    (出典 grapee.jp)


    芸能人でPTA役員なんて凄いね・ω・✱

    1 ひかり ★

     手作りの工作、パンやおだんご、教室にパネルを持ち込んで作ったお化け屋敷……。

     10月初旬の週末、文化祭の日を迎えた都内の有名私立小学校は、生徒たちに加えて多くの保護者たちでごった返していた。

    「あの小学校は子どもたちの個性を伸ばすための独特な取り組みで知られています。文化祭は子どもたちだけでなく、保護者や地元の人も協力して、
    ブースを作ったり出店したりするので、地元の名物イベントにもなっているんです」(近隣住民)

     その校風から、多くの芸能人たちも子どもを通わせていることで知られる同校。この日の文化祭にも、豊田エリーや堤真一の姿が。

    大きなゼッケンをつけた広末涼子

    「豊田さんは参加したママさんたちに“こんにちは~!”ってフレンドリーに挨拶していました。堤さんは娘さんとおしゃべりしていましたが、
    暑さと人の多さに少し疲れぎみでしたね(笑)」(参加した保護者)

     そんな中、ひときわ目立っていたのが7歳になる次男を通わせている広末涼子だった。

    「広末さんは、ほかの芸能人の方やママさんたちと違って大きなゼッケンをつけていました。あの小学校には公立中学校でいうPTAみたいな係があって、
    各クラスから5人の保護者が選ばれるんです。

     広末さんはその1人で、この日は役員として文化祭に参加していたようです。自分の子どもだけでなく、全体に気を配らなければならないんですが、
    常に笑顔で子どもたちの様子を見守っていましたよ」(同・参加した保護者)

     10月12日にスタートしたドラマ『僕とシッポと神楽坂』(テレビ朝日系)では、小学生の息子を女手ひとつで育てながら、動物看護師として働く
    シングルマザーを演じている彼女。連ドラ撮影もこなしつつ、学校では役員として、文化祭の運営にも携わっていたということになる。

    「広末さんはいつも家族ファースト。できるだけ一緒にいる時間を作って、家では役を引きずらないように台本もいっさい開かないそうです」(芸能プロ関係者)

     年に数回ある学校行事にも積極的に参加しているようだが、その理由を過去の雑誌のインタビューでこう語っていた。

    《こういう交流を父母として続けていくうちにお母さん、子どもたちの個性、環境も見えてきて、自分の子どもだけを育てているのではなく、
    みんなで成長している感覚に》

     そんな彼女の傍らには、心強い味方の姿も。

    「文化祭には旦那さんのキャンドル・ジュンさんもいらしてました。夫婦でひとつひとつのブースを回っては、子どもたちの作品を“これ、すごいね!”って
    ほめてあげていましたね。彼女が育児と仕事を両立できるのは、ジュンさんの存在も大きいと思いますよ」(別の参加した保護者)

     こんなお母さんになれたらなぁ~。

    週刊女性
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181017-00013556-jprime-ent

    (出典 jprime.ismcdn.jp)


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